2010年12月10日

カンブリア宮殿を観た

テレビ東京の『カンブリア宮殿』電子書籍元年 村上龍を観た。
職場の先輩の薦めもあり、先週から楽しみにしていた。
内容的にはこのテーマのエッセンスだけを抽出した作りとなっており、詳細まで知りたいと思った視聴者にはやや不十分な印象を与えたかもしれない。しかしながら、村上龍のメッセージとしてはうまくテーマがまとめられていたので、非常に興味深く観ることができた。オンライン版ではカットされているところも配信されているようなので、公開が待ち遠しい。#1だけでもかなりのボリューム。いいね。

印象的だったポイントが色々あったが、講談社副社長が「様子見」をしている出版社の方々を批判している部分。同じ単語を職場で半年くらい聞いているので、「ウチの会社だけではないのだな」と思わず笑ってしまった。あとは、「出版社は紙媒体書籍のプロであって、電子書籍のプロではない」というコメントもよかった。電子への取り組みに対して消極的な出版社の理由がはっきりした感じ。経験的に解釈すると、紙媒体出身のグラフィックデザイナーがウェブデザインにすんなり移行できるヒトと、そうでないヒトがいる構図によく似ている。デザインという概念の本質を考えれば、両者は共通した要素を持っているにもかかわらず、チャンスがあっても「両方」に取り組んだデザイナーは一部であった。結果的にウェブデザイナーは独立した職種として存在することになったが、これを前例として解釈すれば「電子書籍のプロ」も同様にこれから生まれていくのかもしれない。

はてさて話は変わるが、ウチの会社(メディカル系の出版社です)はこれからどうなるのかな???とか無責任に楽しんでしまう。こうした番組を観ると「観客」と「当事者」二つの視点から今の仕事を見つめ直すことができてとても面白い。出版業界はもとより、IT業界にだってまだまだ電子書籍のプロと言える人間は少数である。プロがいないのであれば、これから道をつくってプロになればよいとだけの話だ。経験値を多く勝ち得た人間から順番にプロになっていくことができる。大手企業に入らず、ベンチャー企業を自ら立ち上げては世に出た若者達を多く産出した、ITバブル期のような空気感だ。「既成の価値観はどうでもいい。経験値はプロになりながら積めば良い」といった潔さが特に似ている。

電子書籍というパッケージをめぐって動く人間もいれば、あえて紙媒体にとどまる人間もいるだろう。紙媒体もまだまだ必要であり、電子の台頭そのものがすぐに紙媒体を圧迫することはない。そもそもこれは「どちらを選ぶのか」といった選択的議題ではない。出版社は重複も共存もする複数のメディアのうち一つだけ所有しているのに過ぎない。せっかく到来した新しい市場に対して、新規事業に取り組んでみようという気概をもっているか否か、それだけのことである。「面白そうだからやってみよう」と思う人間が社内にどれだけいて、その人間がどれだけの人間の意識を変えていけるかが、きっと各出版社のスタンスを決めていくだろう。

なにはともあれ、この時代に渦中の出版社に在籍できていることは好運であることよ。大変面白い。
posted by サトウヒロシ at 00:58| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月07日

新橋 びすとろ UOKIN


びすとろ UOKIN
総合:5.0

料理・味:5.0 サービス:5.0 雰囲気:5.0 CP:5.0 酒・ドリンク:4.0


IMG_3351.jpg妻の友人Mさんと3年ぶりに再会。新橋のびすとろ UOKINにて。

屋外立ち飲みスタイルで、時折通りがかりの沖縄出身マダムに絡まれつつも、楽しい時間を過ごすことができた。平日の月曜日だというのに、ワインを三人で三本空けるほどのハイペース。Mさんの変わらぬ酒量とハイテンションにそのキャラクターの健在っぷりを確認でき、安心と懐かしさを感じた。

Mさんは私にとっても妻にとっても年上の面白いお姉さんである。Mさんは出会った当初から年上で、当然今も年上なはずなのに、年齢の経過をまったく感じさせない。いつの間にか我々が彼女の年齢に追いついてしまったかのような錯覚を覚える。少年のような表情と場を盛り上げる瞬発性の高いトークが彼女の魅力だ。

Mさんは、妻と付き合い始めたころから私を知ってる。Mさん曰く、当時の私の印象は、内向的で自信がなく、がたいは大きいはずなのにとても小さく見えたそうだ。妻に妹のような感情をもっていたMさんとその友人たちは、「こんな彼氏で大丈夫なのか」と心配し、厳しい意見を私に色々と浴びせた、、、そうだが、当の私はだいたい酔っ払っておりほとんど覚えていない。だが、Mさんたちに囲まれ怖い思いをしたことだけは微かに記憶している。その結果、「このままではイカン」と一念発起し、まともな社会人になろうと志したことは紛れもない事実である。今となっては、成長の機会を作っていただいた彼女たちには感謝の気持ちでいっぱいだ。

そんな私も現在は営業職につき、多くの人達と接する仕事をしている。内向的だったといわれる過去の自分がイメージできないほど人格が変化した、というこの事実に驚いた。出会いは人を変えるものだ。

我々との再会を約束し別れたが、私も妻もMさんと過ごした楽しい時間の余韻を長く感じながら帰宅した。Mさんはとても温かく、情熱的だ。素晴らしきこの再会をここに記し、これからも大切にしていきたい。
posted by サトウヒロシ at 14:14| Comment(0) | 呑み食い倒れ(銀座•新橋•有楽町) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月13日

メイキング01

 このブログで連載準備中の漫画の設定を煮詰め中。現在登場キャラクターのラフ案をガツガツ描いている。タイトルだけは決定していて【からかさ猫に木天蓼(またたび)】となる予定である。キャラクターものの漫画を描くのは初めてだが、案を練っている現段階ではとても面白い(私にとって)。物語はいたってシンプルで、主人公夫婦が日常遭遇する驚きや発見をコミカルに描くだけだ。

 この漫画は、基本的に「日記」を原案とし、そこからフィクションの作品に起こすことを考えている。作者自身にはその日の出来事や思いを綴るわけだが、第三者からは独立したフィクションの物語として受け取られるようなものを目指したい。あえて、こうした定義を明確にすることには理由がある。かつて絵日記をブログで公開していた時期があったが、絵日記は本当に日常の一部を漫画として切り抜いただけであり、私と個人的なつきあいのある人間にしかそのメッセージが伝わらないという課題があった。また絵日記の目的がイラストレーターとしての売り込み(営業活動の一環)であったという要素も、漫画としてはやはり不純物であり具合が悪い。つまり、日記なんだけど「作家」ではなく「作品」そのものが主体となる漫画を目指したい、ということだ。

 「漫画を描きたい」という思いは小学生時代よりもっていた。漫画を描くこと以上に絵を描くことに夢中にになってしまったため、完成した漫画を描ききった経験はこれまで一度もない。逆に【からかさ猫に木天蓼】では絵を「道具」として扱うことに挑戦したいと考える。主題を表現するために絵があり、表現が絵であることで主題が読者に伝わる。いつかしっかりと取り組んでみたいと思っていた課題である。

 余談ではあるが、現在TBS系列で放送中のドラマ『SPEC』メイキングを視聴した。このドラマは『ケイゾク』スタッフが再び集結し、さらにそれを超える作品を目指して作られているようだ。まだ本編は観ていないが、メイキング映像からは各スタッフ達の「新しい表現への挑戦」に対する意気込みがとても伝わり、久しぶりに作家としての刺激を受けた。

 この作品が私にとって「新しい表現への挑戦」となるよう、努力していきたい。
posted by サトウヒロシ at 02:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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